2008/07/05

ヴィンタートゥール2

ヴィンタートゥール市立美術館は、日本の地方美術館がそうするように一階にギャラリーがあり、それが地元作家なのか否かは確認できないが、現代美術の展示があった。それは、下手うま系の平面の商品群で、よく知られた作家や商業的イメージのアプロプリエーションで、私は評価しないようなものだった。二階に上がると、本格的な展示が始まるのだが、そこはホドラーらスイス作家と、モネ、シスレー、ゴッホらの作品が並んでいる。先ほど日本の地方の美術館と言ったが、日本でもモネやゴッホetcをコレクションしているところは多いが、それぞれ一点のところが多いだろう。ところが、この美術館はゴッホを3点展示しているし(他にもあるかもしれないが、確認出来ず)ボナールなどもたくさん持っている。(チューリヒのクンストハウスでも感じたのだが、スイスにはボナールの良品が多く、コレクションされている印象をうける。) ちょうど、地元の中学生が課外授業中だったが生徒は10名程度、椅子を持ち歩いてのレクチャーをしていたが、このぐらいの人数ならコミュニケーションもとりやすいと感じた。たとえば、美々の研修で20名の学生を相手に話すというのは、美術館の空間の中では、なかなか難しい。これは一方通行的な解説だから成り立つのであって、この美術館はもちろん、特にイギリスの美術館でよく見られる対話重視のものだと、10名が限度であろう。すると、どのようにこの授業は成立しているのか気になった。おそらく、通常のクラスは10名ということはないだろうから、何回にかわけてくるのか?もしそうだとすると、美術教師の負担は大きくなるだろう、私はこの教師が美術館の職員に見えなかったので、このようなことを書いているのだが、もし美術館の教育普及担当者としても引率の教師の負担も大きくなるだろう。いつも美術館教育の現場を見て感じるのは、日本でどうしてこのようなことが日常化できないかということなのだが、構造上の問題が大きく、嫉妬の目でみるしかなくなる。 ボナールの部屋のあと、一通り20世紀美術史の概観を押さえることが出来るような展示となっていた。モンドリアン、レジェ、ドローネー、アルプ、ドゥースブルグetc それぞれ、名品だった、その後現代美術展示室に行く階段室のところには、ローレンス・ウィーナーのコミッションワークが設置され、現代美術室の手前に、イタリアの画家ジョルジョ・モランディの作品展示室があった。このコレクションも魅力的だった。現代美術展示室の目玉は、おそらくアルテ・ポーヴェラの作家の展示で、そのうちマリオ・メルツは特別な位置づけがなされているようだった。考えてみれば、私が1985年に初めてチューリヒにたどり着いたときにには、この作家の特別展が開かれていたので、関係性が強いのかもしれない。 

1 件のコメント:

sato さんのコメント...

こちらに初コメントします。
対話式が日本で難しいのは、やはり他の観客の目があるということ(混んでいるから?)が一番かもしれませんが、地方美術館だとそういうこともないはずで、できると思います。
西美では、子供のための鑑賞教室を土曜日におこなっております。かなりの申し込みがあるので、一度参加されてはいかがでしょうか?多少、日本の美術館現場での教育を知ることができると思います。またほぼ毎日、どこかの学校を受け入れているので、何か対話式のことをやっているかもしれません。