2009/02/09

リー・エーデルコート 未来の考古学展@オランダ研究所




今まで行く機会がなかった、オランダ研究所ので、トレンド分析で知られるリー・エーデルコートの「未来の考古学」展を見る。私には全く縁のない世界の人ではあるが、装苑のサイトでも紹介されている。この装苑のサイト、いきなりArchéologie du futur(未来の錬金術)と意訳(というか誤訳)していて、ヘタレなのだが、このアルケオロジーには、フーコーの知の考古学の意味があるだろう。会場にはいると、おしゃれなファッション関係とおぼしき日本人の訪問者がいたが、彼らはアルケオロジーのことを意識していないようだった。彼らは、展示内容を説明するキャプションのプリントを見ていなかったのだが、それはアルシーブ(アーカイブ)にほかならず、丁寧にもサイトのアドレスもプリントしてあった。彼らはおそらく、展示されている洋服そのものに興味があるのだろうが、その洋服が、背後に展示されている様々なオブジェと連関していることを、この展覧会は示したかったのであり、これでは売れる服は作れないよといいたくなるが、おそらく大きなお世話だろう。そうなのだ、これは基本的に売れる服なりデザインの分析という、資本主義原理が根本にあることが大事であり、またその欲望のアルシーブはものである必要がなく、プリントにのっている情報であれば良いのではということになる。彼女が主宰するトレンド・ユニオンは、トレンドブックという情報を提供するのであるから、トレンドとは物でなく、情報にすぎないのだ。
しかし、今回の展覧会は、その情報ではない、物としての側面を示す点で興味深いのかもしれない。なぜならば、トレンドブックに掲載されている本物が、そこに物として展示されているからである。とはいえ、見ていて、それらはファクターごとの分析に対して、ほらね?こうでしょ?と誘導しているだけであり、物としての力は後退しているように感じる。そして、その展示方法は、博物館の原点とでもいうべき、ごちゃ混ぜの、驚異の部屋、あるいは、好奇心の小部屋そのもの。その展示方法もアート的で、美しいのだが、そこには物としてのオーラは失われているように思えた。逆に、アルシーブに無関心な目からすれば、そこにある単体の洋服は、それだけの力を感じているのだろう。すると、この展示の鑑賞の倫理としては、どちらが正しいのか悩むことになる。そもそも、トレンドというものが情報にすぎないのであれば、物は消費されるだけとなる、その消費から逃れ、物としての力を保持することができると信じている目の方が、まだ救われるのかもしれない。そう思うと、先ほどから侮蔑のような視線を彼らに投げかけていた自分の目も反省しなければと思うが、残念ながら、彼らほど素直に物そのものの力を認識できるほど無垢ではなかった。

3 件のコメント:

sato さんのコメント...

そろそろ帰国の準備に向けておられることではないでしょうか?
昨日、今日と非常に寒い日本です。寒の戻りというか、初雪になるかもしれません。
エーデルコートの記事、興味ふかく拝読。

「オランダ学院」と訳されているのに関心しながらも、語学コースだけがある学校のような気がしてしまうのは僕だけでしょうか(笑)。お忘れかもしれませんが2005年の西美の「キアロスクーロ版画展」はすべてこちらの「クストディア財団/オランダ研究所」(西美訳)の所蔵品による展覧会でした。なにしろ、フリッツ・ルフトというコレクター&研究者の版画素描に関する功績(素描版画の所蔵印事典Les marques du collections de dessins & d'estampes, 1921)は大きいので、ぜひ、クストディア財団の所蔵品やルフト自身についてもポートしないと教育上、いかがかと、思った次第です。

ではでは

NS さんのコメント...

学院と訳したのは、オランダ語の授業も開講しているから、なんとなく日仏学院にならっただけで、別に深い意味はありません・・笑・・なんかしっくりしないので、西美に倣って訂正しました。クストディア財団については、全く知りませんでした。昨夜大屋さんと会ったときに、まさしく同じ話をうかがったばかりでした。

sato さんのコメント...

2人のうるさい学芸員から同じ指摘を受けてしまってすみません。やはり大屋さんも同じことを言っていましたか(笑)。
そうなんです、あそこはオランダ語コースのほうがくっ付いているだけで、本来版画素描コレクションの殿堂だったんですね。結構面白い展覧会もやるところなので、要チェックです。